profile
プロフィール

小山政彦

小山政彦 Masahiko KOYAMA

経歴

東京都墨田区押上出身。[家具工場を営む家に生まれる。

開成中学校・開成高等学校を経て、1971年に早稲田大学理工学部数学科を卒業。数学者を志して早稲田大学大学院へ進学するも、実家の商店が火事で焼失。父・政雄が再起して始めたディスカウントストアを手伝うべく大学院を中退。以後、専務としてディスカウントコヤマの経営に携わる。

ディスカウントコヤマの売上を2.7億円から60億円にまで伸ばすなど、当時から優れた経営手腕を発揮するも、父との経営方針の違いなどから、1984年3月ディスカウントコヤマを退社する。

1984年6月、船井総合研究所へ入社。ディスカウントコヤマでの経験をベースとしたディスカウント的販促手法を駆使し、規模や業種を問わず多くの企業の経営支援で成果を上げた。当時の同社コンサルタントの売上が一人最大4000万円程度のところ、入社3年目には1億円を売上げ、7年目には年間3億円を稼ぐNo.1コンサルタントとなる。

活動の場をジュエリー業界に移してからは"宝石の小山"の異名をとる。またこの頃、消費者のモノの購買頻度とライフサイクルを数値化した「数理マーケティング」を編み出す。

副社長を経て2000年、同社代表取締役社長に就任。社長就任後は船井グループ業績のV字回復、大証2部から東証1部への上場、20%以上あった離職率を7%にまで改善、賞与支給額日本一企業にするなど経営者としても手腕を振るい、同社の「第二創業期」を大きくリードした。2010年、代表取締役会長に就任。

ニューヨーク証券取引所への上場を目指すも、リーマンショックに始まる金融危機や世界同時不況により断念。自身の夢の実現のため、船井総合研究所会長からの退任を決意する。

2013年3月、船井総合研究所会長を退任。
同年3月に株式会社風土代表取締役会長へ就任する。[顧問として様々な企業経営への参加、リーダーの育成を行うと共に、]日本から世界に通用するブランドビジネスを誕生させることを現在の目標としている。


思想

〈時流予測〉

気候や旧暦などをもとにした独自の理論を"時流予測"として、直近から数年先の天候、人の嗜好の移り変わりを予測する。小山のマーケティング手法の軸のひとつである。

〈文化の周期性〉

歴史学者・村山節による"文明法則史学"の影響のもと、あらゆる文化には周期性があるという考えを持つに至った。それは人々の細かな服の好みから、政治や経済の動き、その時代の世界情勢をリードする文明の移り変わりにまで及ぶ。

〈数理マーケティング〉

同名の書籍が上梓されるまではマーケティングは定量化不能と考えられていたが、小山はこれを数式によって説明することで、マーケティング戦術手法を体系化した。コンサルティングの現場から得た経験にもとづく、販促や集客をテーマとした実践的内容である。


人物

  • 生まれも育ちも東京下町、江戸っ子気質の気さくで痛快な人柄にはファンが多い。講談や落語を思わせる小気味よい講演も広く支持されている。
  • 日本の古代史に造詣が深い。トロイアの遺跡を発掘したシュリーマンに憧れ、卑弥呼の墓を掘り当てることを16歳の頃からの夢としている。
  • 「人はたとえ死んでも、他の誰かがその名前を憶えている限り、第二の人生を生き続けることができる」と考え、「小山の定理」を残すべく数学者を志した。コンサルタントになってからは、自身の数理マーケティング理論の集大成として『船井流 マーケティングの真髄』(ビジネス社, 1992年10月)を上梓した。
  • 「5000円以下の予算ながらも、どれかひとつは日本一の料理がある店」を"スーパーB級グルメ"と名づけ、著書や講演などで広く紹介している。ワインや各種料理にも通じる食通である。
  • 2011年から東北復興ボランティアを行っている。「復興とはその企業が利益を出し、税金を納め始めること」との考えのもと、被災した企業への無料支援や経営セミナーを毎月開催している。

このページのトップへ